白鳥の足掻き


「あんたほんと変ですよね」

いきなり先輩の家を訪ねた俺は開口一番そう言った。

「え?なんだあ湊、随分いきなりだなあ」

ははは、と目尻に幸せをめいっぱい刻んだようなシワを作って笑う目の前のこの人に俺はイラつく。気にしてない風なのではなくこの人の場合本当に俺が言ったことなんて気にしてないのだろう。そして幸せそうなボケた顔しやがって、と心の中で俺は毒づく。

「どうしたんだ?そーんな怖い顔して。」
「……べつに。先輩に関係ない」
「いやいやいきなり暴言吐かれたんだから関係あるある」

どうしたんだよ、なんかあったのか?そういって頭を撫でてくる手を払う。すぐにまた撫でられたけど。

「……子供扱いしないでください。それに俺の口が悪いのなんていつものことじゃないですか」

俺は払っても払ってもすぐにまた撫でてくる手に物理的抵抗は観念して、それでも悔しさから口だけで無駄な抵抗をする。

「いや、なんか俺が撫でたかったから。」
「やめてください」
「じゃあ甘やかしたいから」
「……」
「湊は甘やかされ慣れてないんだからたまには俺に甘やかされればいいんじゃないか」
「別に甘やかされたくなんかない」
「いいじゃないか、たまには」

そういって先輩は俺を抱きしめた。男を抱きしめるなんてこの人やっぱり変だ。でもそれを今口で言うともっと子供扱いされそうで。
俺は結局先輩に大人しく抱きしめられる。

変な人、変な人、変な人。
でも先輩に撫でられてる内になんとなくイラついてざらついた気持ちが凪いでいった。
こういう感覚が、落ち着く、ということなのだろうか。
あったかい。なんだか気持ち悪い。でも、嫌じゃない。変な感じ。心地いい。こんなの俺じゃない。でも悪くない。

とくん、とくんと先輩の心臓の音がする。
それと同じくらいの速さで優しく頭を撫でる手。
いつのまにか俺は先輩の背中に少し手を伸ばし、先輩の服を掴んでいた。
先輩の気がすむまでの間くらいなら、この音を聞いていてもいい。






今日は久々に学校に行っていた。理由は単純で、定期テストだったのだ。勉強なんてほとんどしていかなかったけれど、簡単だった。担任には苦い顔をされ、学校に来なさい、と言われたが、習うことがないと言うと黙った。クラスの奴らは珍しいものを見るように俺を見ていた。学校にいる間中、つまらなさに、退屈さに、窮屈さに嫌気がさした。すれ違った人間が、遠くにいる人間が、ひそひそと何かを言っていた。それはくだらないことのはずなのになんだかもっと苦しくなった。テストが終わり出て行こうとすると担任にまた捕まった。うんざりしていたからいつもよりひどい態度だったかもしれない。いつもひどいから変わらないかもしれないが。そいつは俺に君は本当に異質だね、どうするんだい、何になるんだい、大人しくしておけば、みんなのようにしておけば、君は何にだってなれるのに、君はこのままじゃなんにもなれない、普通にしてごらん、世界が変わるよ。なんて言ってきた。普通ってなんだ。何になれって言うんだ。異質ってなんだ。そんなことを思っていたらいつのまにか先輩のところに来ていた。いきなり来た俺のことを暖かく迎え入れて、暴言を吐かれてもこんなに優しくする。この人も変だ。普通じゃない。異常だ。異質だ。

……俺と、一緒



世界の価値観からズレた人。
優しい優しい人。
この人のそばでなら、俺は、俺も、普通の人間な気がした。
この人は俺を否定しないから。俺のあり方を否定せずにいてくれる。俺に‘普通に’接してくれる。それだけで俺は。

少しだけ目元が濡れて、恥ずかしくて、でも嬉しくて。


優しい先輩の温もりに落ち着いて、俺は眠った。