愛を語るにはまだはやい


夕暮れの小さな小屋の中で、色白の少年が禍々しい色合いをした虫に柔らかな微笑みを向け、あまつさえ話しかけている。彼の目には虫たちに対しての愛だけが溢れており、周りのものに対する興味は欠片も見受けられない。
そんな徐々的な説明がよく似合う彼の名前は伊賀崎孫兵。
そして小屋の入り口の戸にもたれ掛かりながらそんな彼を見つめるのは俺、竹谷八左ヱ門である。


今日も今日とて伊賀崎孫兵の愛しい愛しい毒虫たちは散歩という名の大脱走を図り、生物委員会は委員全員で必死の大捜索を行った。
昨日も一昨日もその前も、そのその前も行った大捜索だ。
もっというならほぼ毎日行っている大捜索だ。
もうここまでくれば慣れと諦めの境地にも至る。
だからもうなんというか大捜索については何もいうまい、虫は本来自由なものだし、虫籠だってかなり痛んでおり虫たちが勝手に気軽に簡単に脱走してしまうのも仕方ない。
一年生たちには悪いと思うが小さくすばしっこい虫たちを捕まえるのもある意味鍛錬だと思えてくる。
それになにより……

「竹谷先輩」

孫兵がいつの間にかこちらに振り向いていた。孫兵は毒虫と触れ合った後だからか未だに柔らかな微笑みを浮かべており、俺もつられて微笑み返した。

「ん、どうした?そろそろ帰るか?」

微笑み返した俺と目を合う前に孫兵は視線を毒虫たちに向け

「はい。みんなに餌も上げましたし、ちゃんと籠の鍵が閉まってるかも確認しました。」

孫兵はそのままゆっくりとこちらに歩いて来た。視線は虫たちに向かっていたが、柔らかな表情のままの孫兵が一歩ずつ俺の近くに寄ってくる、という状況にいつまでも慣れない俺の心臓は拍動を少し早くした。

「そうか、なら早く風呂にでも入って俺たちも飯を食いに行こう。俺はもう腹が減って仕方ない」

俺はニッっと笑い右手で軽く腹を抑えた。
孫兵は呆れたようにやや眉を下げ、別に待たなくても良かったんですよ、なんて可愛くないことを言う。俺は待ちたかったんだよ、と言うと眉を釣り上げ訝しい表情になった孫兵の頭をぽんぽんと軽く撫でた。

「……先輩はよくわからないことをしますね?」

頭を撫でられたのを子供扱いされたと思った孫兵は訝しい表情からまた少し唇を突き出し拗ねたような表情になった。
俺は笑いを堪えるように顔を歪め孫兵の頭をぐちゃぐちゃになるくらい撫でくりまわした。

「なにするんですか!もう!」

ぐちゃぐちゃじゃないですか!お風呂に入るって言ってもこんなことしないでくださいよ!意地悪ですか!と大きくキリッとした目を釣り上げ、真っ白い頬を怒りで薄っすらと赤らめながら孫兵は訴えた。
俺は孫兵の訴えを無視し孫兵の肩に手を回し風呂場に向かった。
俺は孫兵が離してくださいとか先輩熱いですとか言っていたのもなにもかも無視をした。
きっと俺は今口を開くと、孫兵への愛をとりとめなく言ってしまうだろうから。