出会い


桜が舞う日だった。
四天宝寺テニス部の荘厳たる門のそばで、春に溶けているかのように桜の花びらにその身を隠している男を見つけた。

男は別に隠れてなどいなかった。
だが俺には気配なく現れた男がそう見えたのだ。
花びらがよく似合う男だった。背の高い男だった。なのに嫌に気配のない男だった。

「ここがテニス部であっとーと?」

遠くの言葉を使った男はどこか焦点の合わない瞳で値踏みするかのように俺を見た。
薄気味悪い男だと思った。
「そうやで、ここがテニス部や。お前、一体何の用があるんや?まさか新入生やないやろ?」

俺は話しながら男に近づいた。近づけば近づくほどに男の背の高さと異質さを感じた。
それは恐怖だったのかもしれない。

「聞いてないと?俺は四月からここに通うこつになっとーとよ?ぬしゃ部長の白石っちゃろ?ほなこっ渡邊先生に聞いてなか?」

俺は眉尻がピク、と上がるのを感じ心の中であんのオッサンやりよったな、と毒突いた。それから苛つく心をなんとか鎮め、その男に笑いかけた。

「聞いてないけど、なんや訳ありみたいやな、俺のことは知っとるみたいやし、君のこと教えてくれん?」

我ながら綺麗に口角を上げられたと思う。男は少し驚いたような顔をしたがすぐに幼さを感じさせる笑みを浮かべた。
春に溶けていると、気配がないと、薄気味悪いと思った男はその笑み一つで親しみやすい人間になった。
不思議な感覚だった。

「千歳千里ばい。これから、よろしく」

俺はすっと差し出された手をとり、こちらこそ、と返した。
その手は体格もあってか俺よりも大きな手だった。
その手は大きく、硬く、豆のある、テニスを愛する者の手だった。

それが俺と、千歳千里の出会いであった。