パシャパシャとフラッシュが焚かれる。天井から降り注ぐ光。レフ板からの光。
全ては僕を綺麗に撮ってくれるために必要なもの。
だけど今はそれがほんの少しだけ、辛い。
今日は朝からずっとスタジオで撮影している。
最近忙しくてこの手の仕事を後回しにせざるを得なかったからだ。だから溜まってしまった分を今日一日でしてしまうしかなかったのだ。
普段ならサングラスをして全ての撮影を受けるけど、今日はしていない。
実は僕の青い目を褒めてくれる人は多くて、雑誌もファンクラブの撮影分も全て‘いつもと違う僕’がコンセプトなのだ。
求められているならそれに応えるのが僕の信条で、こうして朝から数時間撮ってもらい続けている。
でも本当は今日の撮影は遠慮させてもらいたかったし、できれば個々の撮影を分けてしたかった。
それは僕がサングラスがないと光に少しだけ弱くなるからだ。僕の青い目は眩しさに他の人より耐えることができない。小さい時にはサングラスが邪魔で、外していたらよく頭が痛くなって辛かった。それでよく子供の頃のかかりつけの先生に怒られた。
このことを知っているのはキルクスジムのトレーナーと、他のジムリーダーの人たちだけだ。うちのトレーナーも、他のジムリーダーの人たちにも僕はこのことを言うつもりはなかったのに、母さんがいつの間にか言っていた。そのおかげか、ジムリーダーの集会の時なんかはカーテンを閉めてくれたりライトの明度を落としてくれたりしてもらっている。身体は楽だが、他の人に迷惑をかけているようで、いつも本当は心苦しい。
「いい角度ですね!じゃあそのまま数枚撮りますね〜!」
フラッシュや天井から降り注ぐ強い光に負けて軽い頭痛がしている。
(あと、十数枚撮ったら一旦休憩が入るから、薬を飲まないと…)
「マクワさん、いい笑顔ですね〜!じゃあ次はいつもの振り向くポーズで撮りましょう!」
「はい、お願いしますね」
上げた口角が歪みそうになるのを耐えて、求められている完璧な笑顔を作る。
「いい感じですよ!その調子です!」
その後も数枚ずつ別のポーズで撮って、やっと休憩に入る。朝から撮ったものを含めるとそろそろ数十枚は軽く超えているだろう。
控え室でふう、と溜息をつく。椅子に体重を預けて目を閉じる。瞼越しの光さえ今は辛くて、腕を乗せる。
軽かった痛みは鈍痛になり、額からぐるりと頭部全体を締め付けるような痛みに変わった。
(ちょっと、まずいな……)
ここまで痛みが増すとは思わなかった。薬は飲んだが効くまでに1時間はかかる。休憩は30分程で、終わるまでに効くとは思えない。効果は強い薬だから効きだしたら楽になるだろうが、ここまで辛くなるなら即効性の薬を持ってくればよかった。
(吐き気はまだきてないけど、薬が効き出すまでにまたあのフラッシュとかライト浴びるからな…耐えないと…)
休憩後に浴びる光を考えただけで予測できる痛みに、耐えるように拳を握る。
机の上からボールがころ、と揺れる音がする。ポケモンたちが心配してくれているようだ。僕は心配させている申し訳なさで「ごめんなさい、大丈夫ですよ」、とボールに近づいて話しかける。ボール越しにポケモンたちが「無理しないで」と伝えてくれているような気がして、僕は思わず笑顔になれた。
ボールを一撫でして、僕は「ありがとうございます、元気が出ました」と伝えた。ボールの中のポケモンたちの優しさを感じる。
もう一度椅子に体重を預ける。
引かない鈍痛と、刺すような光に耐えきれずに僕はもう一度瞼を閉じる。
(どうか、少しでも薬が効いてくれますように)
コンコン、と扉の向こうからスタッフが扉を叩く。
「マクワさん、そろそろ撮影再開しますよ」
鈍い痛みとともに瞼をあける。
コンコン、「マクワさん?」
「ッ、ぅ、」刺すような光に思わず眉を顰める。顔を下に向けて手で目を覆う。
コンコン、「大丈夫ですか?マクワさん」スタッフが心配そうな声で話す。
(早く、返事をしないと)
少し息を整えて、
「すいません、少し眠っていて、今行きますね」
引いていない鈍痛に負けそうになりながらも、必死にいつもと変わらない声で話す。
スタッフは「朝からですもんね、お疲れ様です。向こうで待ってますから」と言うと忙しそうに駆けていった。
忙しそうなスタッフの様子から、早く行かねば、と思い立ち上がった。が、急に立ち上がったことで視界が一瞬、ぐら、と歪んだ。
「〜〜〜〜ッ!」
咄嗟に椅子を掴んだことで倒れることなく大事にならずに済んだが、動いたことで痛みがさらに増し、とても耐えられそうにない。
(だめだ、これは、はやく、はやく行かないと行けないのに…情けない、こんなことで他の人に迷惑かけられないのに)
痛みと情けなさで視界が淡く歪む。泣いてる場合なんてもっとないのに、辛くて、動けない。
思わず目を閉じて、(だれかたすけて)、と床についた手を縋るように握りしめる。
(あぁ、もうだめだ)
耐えられない痛みに、蹲り、ぽろ、ぽろ、と涙が溢れてくる。
ガチャ、という音がしする。なかなか来ない僕を呼びにスタッフが来たのだ。 そう思った僕は絞り出すように「すいません、ぼく」と声を出すと、ふわり、と頭に何かを掛けられた。
「無理すんじゃねえよ」
スタッフじゃない、知っている声だ。この声は…
「き、ばな、さん?」
どうして?と顔を上げようとすると手で下を向かされた。布越しの手が温かい。
「お前、サングラスなしで朝からずっと撮影してたってまじかよ?なんでんなことしてんだ」
ファンの皆さんが見たいそうなので、と言おうとする前に「いやいい、大体想像つく。ファンサービスも大概にしとけよ」と苛々した声で言われる。
(あぁ、自己管理できないやつって思われたんだろうな、)情けなさで唇を噛みしめる。
キバナさんは布越しに僕の頭を撫でて、「撮影のスタッフにはお前の目のこと伝えといたからまあすこし休んどけよ。それか辛いなら送ってやろうか?カメラマンはまた都合つけてくれるって言ってたぞ」そう言ってくれたけど。それは僕にとって最悪のことだった。
僕は、どうしてそんなことを、という思いで下を向かされていた頭を無理やり上げる。痛みに呻いたがそれよりも。
「ぼくはだいじょうぶです。とれます、ぼくはへいきです」
「あ?」
キバナさんの目が細められる。怒っているのだろう、心配してせっかくスタッフやカメラマンさんに話をしてくれたことを思うと心苦しい。けれど。
「ぼくはてをぬきたくないんです。おうえんしてもらって、もとめてもらって、ぼくはいつもささえられてます。だからぼくもかえしたいんです。だからぼくは」
「黙っとけよ」
怒りに満ちたキバナさんの目が少し怖いくらいに僕を射抜く。
「でも、これいじょう、いろんなひとに、めいわくはかけられません」
でも僕も譲れなくて、ぐらぐらする視界で負けないくらいにキバナさんを見つめ返す。
「……はあ、わかったよ」
(あぁ、良かった)
キバナさんにわかってもらえたことで安心して、息をついた。
「お前今から俺様の家な」
「は?」
キバナさんはそういうとスタッフを呼び、僕が「ちょっとまってください」と伝えても無視して僕にサングラスを付けて、数人掛かりでキバナさんの車に無理やり乗せた。
(こんなのほとんど拉致と変わらないじゃないか)
恨むように運転席にいるキバナさんを見ると「恨むなら無茶した自分を恨むんだな」と言われた。
む、としたが言い返す言葉もない上に正直身体自体は限界だったこともあっていつのまにかまた眠ってしまっていた。
気がつくと外は太陽が傾いていて、車は止まっていた。
(まぶしく、ない)
窓から見える景色はオレンジ色で、この時間の容赦ない光はいつも辛いものなのに、と思って前を見るとサンバイザーが降ろされていた。
(こういうとこ、この人本当にスマートというか…)
優しさにむず痒くなる。眠る前に自分が張っていた意地もなにもかもが恥ずかしくなってくる。
(キバナさんがくる前はだれかたすけてなんて、思ってたのに…)
いざ助けてもらうと情けなさが上回って、素直になれなかった。申し訳なさでキバナさんになんて謝罪すれば、と考えていると「起きたのか」とドア越しに微笑まれる。射抜くような目ではなく、とても、優しい顔で。
「少しマシな顔になったな」
ドアを開けてくれて、大丈夫か?と手を差し出される。
なんなんだろう、この人は。
頰に熱が集まる。なんて言えばいいのかわからなくて、唇を軽く噛んでまごついていたら「どうした?」、とまた優しく言われてしまって、慌てて口を開く。
「あの、その、僕、すいませんでした。迷惑をかけてしまって…」
差し出された手は遠慮したかったが退けてもらえなさそうな雰囲気を感じて手を置かせてもらった。
立ち上がると仕方ないな、という顔で「気にすんな」と言われて、肩を抱かれる。
それには流石に「そこまでしてもらわなくても…」と伝えたが、「お前に倒れられると俺様一人じゃ抱えらんねえから我慢しろ」と言われてしまった。とてもいたたまれない気持ちになった。
(穴があったら入りたい…)
キバナさんは家の扉も階段の上のゲストルームの扉も開けたままにしてくれていて、ゆっくりとそこまで連れて行ってくれた。
ベットに僕が座るのを確かめてから「俺様は車締めに行ってくるな」とキバナさんは言って部屋から出て行った。
ゲストルームのベットサイドには水差しと濡れたカップが置いてあって、今僕のために準備してくれたことがよくわかって、どうお返ししたらいいのだろう、と考えた。
ガチャ、と音がして「寝ててよかったんだぜ」と声をかけられる。
手には湯気がたったマグカップ。
「ココア飲めるか?」
ココアをもらって、キバナさんは椅子をベットサイドに寄せてきて座る。
ココアは温かくて、まだ微かに残る痛みを少し和らげてくれる。
「どうしてこんなに優しくしてくれるんですか」
キバナさんとはジムリーダーの集まりのときに話しをしたりはしたが、僕は特別彼と仲がいいわけではなかった。だからここまでしてもらえる理由がわからなかった。
「お前が同僚で、年下だからだよ」
キバナさんはさっきまでと変わらない優しい顔でそう言った。
僕はなんだか納得いかなくて、モヤモヤしていたらキバナさんはククク、と笑って「それだけじゃねえよ、お前が頑張り屋で割と生真面目で、無理するからだよ」僕の頭をまた撫でた。
「…納得、いきません」
「別に子供扱いしてるわけじゃねえぜ」
「……」
「お前自分で自分に優しくしてやれねえ質だろ、そういうやつはな、周りの大人が助けてやんねえとな」
それが大人の義務ってもんだからな、と撫でている指で髪を梳く。それが気持ちよくて、思わず手に頭を預ける。
ハッと気付いて、手から頭を離すとまたクク、と笑われた。
「こどもあつかい、してるじゃないですか」
「仕方ないだろ、お前は俺様より年下なんだから」
だから甘やかさせろよ、とすっと近づいてきて抱きしめられて、耳元で囁かれる。囁かれた反対側の頭をまた梳かれる。やっぱり、気持ちいい。
頭痛はいつのまにかなくなっていて、でも、キバナさんの温かい体温が服越しに伝わってきて、なんだかくらくらする。
これってどういうことなんだろう、と不安に似た、けれども温かい感情が湧いてきて、僕はキバナさんの背中の服をそっと握った。
耳元で、キバナさんが笑った気がした。